書を捨てよ町へ出よう

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天井桟敷

状況劇場主宰の唐十郎と、並んで天井桟敷の寺山修司もアングラ劇団を代表する劇団です。その他に早稲田小劇場と黒テントのアングラ四天王がありますが、唐十郎が今でも寺山修司を語る時には最大級の敬語を使っています。あの時代は、若者が何かに起こっていた時代です。

天井桟敷の概要

天井桟敷という劇団名ですが、マルセル・カルネの映画『Les Enfants du Paradis(邦題:天井桟敷の人々)』に由来しています。寺山修司が語った言葉で、「(好きな演劇を好きなようにやりたいという)おなじ理想を持つなら、地下(アンダーグラウンド)ではなくて、もっと高いところへ自分をおこう、と思って『天井桟敷』と名付けた」と言っていました。創立時のメンバーは寺山の他に、九條映子(当時寺山夫人)、高木史子、東由多加、横尾忠則、青目海、大沼八重子、濃紫式部、小島嶺一、斉藤秀子、支那虎、高橋敏昭、竹永敬一、桃中軒花月、萩原朔美、林権三郎の全16人です。『書を捨てよ街へ出よう』などの一連の著作によって、若者の間で「退学・家出の扇動家」として認識され人気を得ていた寺山が主宰しているということ。また劇団創立時のメンバー募集の広告が「怪優奇優侏儒巨人美少女等募集」だったこともあって、設立から長い間「一癖も二癖もある退学者や家出者が大半を占める」という異色の劇団になりました。後に松田英子やカルメン・マキが加入していることから、60年代と70年代という時代の先頭を走っていた劇団の勢いがうかがえます。

旗揚げ公演の『青森県のせむし男』の時から「見世物の復権」を謳っていて、創立3年目の1969年(昭和44年)には、日本初となるアングラ専用劇場「天井桟敷館」を設立しました。しかし、設立してから後まもなく市街劇、書簡演劇、観客参加型の演劇が増え始めました。またこの頃から、西ドイツを皮切りにアメリカ、フランス、オランダ、ユーゴスラビアなどでも評価を受けるようになってこともあり、海外公演(あるいはそれぞれの国の俳優による上演)が増えるようになりました。寺山の他にも、プロジェクトにも密接に関わって、天井桟敷の公演がのちに映画化されることもありました。「百年の孤独」(ガルシア・マルケスの同名作品を下敷きにした舞台作品)はのちにリメイクと改題されて、映画『さらば箱舟』(寺山修司の遺作。死後に公開)となっています。

天井桟敷の歴史

1967年(昭和42年)1月1日に寺山修司を中心に結成しました。旗揚げ公演は同年4月18日~20日にかけて『青森県のせむし男』(草月会館ホール)。

第3回公演の『毛皮のマリー』(新宿文化劇場)の際に、東由多加(後の東京キッドブラザース主宰)と横尾忠則(美術家)が喧嘩して、結局横尾が降りることになりました。

1969年(昭和44年)3月15日に渋谷に、日本初となるアングラ専用の劇場「天井桟敷館」(デザイン:粟津潔)を開館させました。そして同じ年に、初となる海外公演を行いました。

6月4日、5日、西ドイツ、フランクフルト「テアトル・アム・トゥルム」での『仮面劇 犬神』『毛皮のマリー』の2本立てを上演しています。

また、この時に『時代はサーカスの象にのって』がドイツ人俳優により上演されています。騒がしく過ぎていった一年の締めくくりには、前述のライバル「状況劇場」との乱闘事件でした。

1969年12月5日に、唐十郎が主宰する状況劇場のテント興業の初日に開幕祝いとして葬儀用の花輪を送ります。これは天井桟敷の旗揚げ公演の時に、パチンコ店の開店祝の中古の花輪を送られた事への意趣返しでしたが。

12月12日深夜に天井桟敷館に殴り込みをかけられて、乱闘事件を起こしたかことで寺山修司、唐十郎を含んだ双方の劇団員9人が暴力行為の現行犯で逮捕されるという事件へと発展しました。

1970年(昭和45年)3月24日に、寺山修司が葬儀委員長を務めた力石徹の葬式(式場:講談社講堂)に劇団内ユニット『シンジケート・ジャックと豆の木』『キッド・ブラザーズ・カンパニー』が参加して、ミュージカルを行ないました。劇団員だった昭和精吾が弔辞をよんでいます。

1975年(昭和50年)4月19日午後3時から4月20日午後9時にかけて、30時間市街劇『ノック』を敢行しました。杉並区一帯を劇場に見立てて、パブリック・プライベートな場所もまったく関係なし。(銭湯や空き地、普通の住宅、果ては区役所)

指定された場所で同時多発的に演劇を始めるというものでした。結局上演中に市民からの苦情が殺到することになり、警察が介入する事態に陥りました。

1976年(昭和51年)7月に、天井桟敷館を渋谷から麻布十番に移転しました。その後も精力的に公演活動を行ないますが、1979年(昭和54年)前後から寺山修司が体調を崩すようになりました。

そして1982年(昭和57年)10月19日~10月24日にかけての『奴婢訓』(パリシャイヨー宮国立劇場)を最後に海外公演を取りやめています。

1983年(昭和58年)5月4日に寺山が死去すると、劇団としての求心力を失います。同年夏の『レミング - 壁抜け男』を最後に、1983年7月31日をもって天井桟敷は解散しました。その後は、1970年代初頭から寺山の片腕として演出・劇伴を務めたJ・A・シーザーが演劇実験室「万有引力」を設立したので、劇団員の多くはそこに移りました。

天井桟敷&共同作業者

  • 松田英子・・・1975年大島渚監督の『愛のコリーダ』で主役:阿部定に抜擢
  • カルメン・マキ・・・歌手でロックミュージシャン。『時には母のない子のように』でミリオンセラー。
  • 新高恵子・・・天井桟敷の看板女優。天井桟敷の解散と共に引退。
  • 亜湖・・・個性派女優として活躍。1980年ヨコハマ映画祭助演女優賞受賞
  • 美輪明宏・・・天井桟敷の『毛皮のマリー』主演。他にも「青森県のせむし男」にも出演。
  • 宇野亜喜良・・・昭和期の日本を代表する挿絵画家・グラフィックデザイナー。舞台美術や芸術監督も務める。
  • 横尾忠則・・・美術家・グラフィックデザイナー。天井桟敷に参加した1967年にニューヨーク近代美術館に作品がパーメントコレクションされています。
  • 萩原朔美・・・映像作家で演出家。美輪明宏主演の「毛皮のマリー」で美少年役で話題になりました。
  • 九條映子(今日子)・・プロデューサー。寺山修司の元夫人。
  • J・A・シーザー・・・本名寺原 孝明。作曲家・作詞家・演出家。演劇実験室◎万有引力主宰。
  • 根本豊・・・天井桟敷で中心的な俳優としてまた演出家として活躍。

天井桟敷作品

  • 1967年(昭和42年)・・・青森県のせむし男
  • 1967年(昭和42年)・・・大山デブコの犯罪
  • 1967年(昭和42年)・・・毛皮のマリー
  • 1967年(昭和42年)・・・花札伝綺
  • 1968年(昭和43年)・・・新宿版千一夜物語
  • 1968年(昭和43年)・・・青ひげ
  • 1968年(昭和43年)・・・伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪
  • 1968年(昭和43年)・・・さらば映画よ
  • 1968年(昭和43年)・・・「瞼の母」における愛の研究
  • 1968年(昭和43年)・・・昭和白虎隊外伝 安保心中新宿お七
  • 1968年(昭和43年)・・・書を捨てよ町へ出よう
  • 1968年(昭和43年)・・・星の王子さま(男装劇)
  • 1969年(昭和44年)・・・時代はサーカスの象にのって
  • 1969年(昭和44年)・・・犬神
  • 1969年(昭和44年)・・・ガリガリ博士の犯罪
  • 1970年(昭和45年)・・・イエス
  • 1970年(昭和45年)・・・ブラブラ男爵
  • 1970年(昭和45年)・・・東京零年(市街劇)
  • 1970年(昭和45年)・・・人力飛行機ソロモン - のちにナンシー編・アーヘム編
  • 1971年(昭和46年)・・・邪宗門
  • 1971年(昭和46年)・・・地獄より愛を込めて
  • 1972年(昭和47年)・・・走れメロス(野外劇)
  • 1972年(昭和47年)・・・阿片戦争
  • 1972年(昭和47年)・・・人力飛行機ソロモンの組立て方(市街劇・ワークショップ)
  • 1973年(昭和48年)・・・地球空洞説(街頭劇)
  • 1973年(昭和48年)・・・ある家族の血の起源
  • 1973年(昭和48年)・・・盲人書簡 - のちに棺桶編、上海編
  • 1975年(昭和50年)・・・ノック(30時間市街劇)
  • 1975年(昭和50年)・・・疫病流行記
  • 1975年(昭和50年)・・・釘
  • 1976年(昭和51年)・・・阿呆船
  • 1976年(昭和51年)・・・引力の法則(公開ワークショップ)
  • 1977年(昭和52年)・・・中国の不思議な役人
  • 1978年(昭和53年)・・・奴婢訓
  • 1978年(昭和53年)・・・身毒丸
  • 1978年(昭和53年)・・・観客席 - のちに『'81版 観客席』
  • 1979年(昭和54年)・・・レミング - 『レミング - 世界の涯てまで連れてって』、のちに『レミング - 壁抜け男』
  • 1979年(昭和54年)・・・こども狩り
  • 1979年(昭和54年)・・・青ひげ公の城
  • 1981年(昭和56年)・・・百年の孤独